古刹目次



寺社領  一向宗寺

 天草の乱後、代官となった鈴木重成は、兄鈴木正三の協力を求め、荒廃した天草を仏教を普及することにより、人心の安定に努めた。
 そのために、幕府に働きかけ、寺社を建て、さらに領を与え、寺社及び神官や僧侶に地位と権威を持たせた。
 
 特に、東向寺・国照寺・崇円寺・円性寺は四カ本寺として、一段と高い格が与えられた。寺社の役割は、ただ単に宗教を広めることだけでなく、庄屋や村役人を監督するなどまつりごとの役割をも担っていたのである。

 下の表を見て、お気づきだろうか。真宗(一向宗)がない。これは、真宗寺がなかったのでなく、禄地の代わりに在家説教の特権が与えられたためである。このあたりの事情については、「街道をゆく 17 島原半島 天草の諸道 朝日文庫 司馬遼太郎」 p216 に詳しく解説されている。
寺 社 領 
寺社名 宗派 開山  所在地 現市町 石高 寺社領地  備考


飛竜宮   富岡町 苓北町 10 志岐村 
諏訪宮   湯船原村 天草市栖本町 7  栖本内田村


東向寺 曹洞宗 中華珪法 新休村 天草市本町 50  本村  四ヶ本寺
芳証寺 曹洞宗 中華珪法 御領村 天草市五和町 12  本村 10石
御領村 2石
 内2石同村薬師堂(長興寺)分
明徳寺 曹洞宗 中華珪法 本戸馬場村 天草市本渡町 12  本村  内2石小宮地村明栄寺分
正覚寺 曹洞宗 中華珪法 上津浦村 天草市有明町 10  本村
遍照院 曹洞宗 一庭融頓 上村 上天草市大矢野町 13  本村   内3石内野河内村金性寺分
国照寺 曹洞宗 一庭融頓 志岐村 苓北町 45  年柄村 27.858石
志岐村 17.142石
 四ヶ本寺
瑞林寺 曹洞宗 一庭融頓 富岡町 苓北町 15  志岐村
江月院 曹洞宗 一庭融頓 大江村 天草市天草町 10  志岐村
観音寺 曹洞宗 中華珪法 荒河内村 天草市五和町 10  本村
円性寺 浄土宗 光誉純慶 湯船原村 天草市栖本町 30  栖本内田村  四ヶ本寺
寿岳院 浄土宗  応誉徹秀  富岡町 苓北町 13  志岐村
江岸寺 浄土宗  大誉團徹 棚底村 天草市倉岳町 10  栖本内田村
九品寺 浄土宗  信誉教我  大浦村 天草市有明町 5  大浦村
崇円寺 浄土宗 伝誉痛風 一町田村 天草市河浦町 30  平床村  四ヶ本寺
信福寺 浄土宗 正誉法雲 下田村 天草市河浦町 5  平床村
無量寺 浄土宗 岳誉芦吟 久玉村 天草市牛深町 10  平床村
阿弥陀寺 真言宗   佐伊津村 天草市佐伊津町 3  佐伊津村
  300  

村毎の寺社領
志岐村 65石1斗4升2合
内田村(年柄村) 27石8斗5升8合
御領村 2石
本村 105石
佐伊津村 3石
大浦村 5石
 栖本内田村 47石 
平床村 45石
300石


一向宗寺

また、一向宗(浄土真宗)には、何ら禄地給与の恩典は与えなかった。
その代り、自由に在家法談の特権を付与して、これを慰撫したという。(近代年譜)
慶安二年(1649)当時の一向宗に属する寺は、次のとおりである。

 西本願寺派 樋島 願成寺 東本願寺派 富岡 鎮道寺
登立 満行寺 志岐 連窓寺
上村 西念寺 坂瀬川 興教寺
今泉 霊光寺 佐伊津 光連寺
内野河内 西蓮寺 本戸馬場 延慶寺
大島子 専念寺 上津浦 宝林寺
湯舟原 西真寺 一町田 安養寺
小宮地 西福寺
亀川 円覚寺
町山口 正専寺
広瀬 西照寺
佐伊津 西法寺
御領 東禅寺
御領 正連寺
御領 西明寺
大島 浄専寺
鬼池 光明寺
下内野 円教寺
富岡 円光寺
富岡 聞法寺
碇石 正教寺
久玉 正光寺




≪参考資料≫

『天草寺院・宮社 文化史料図解輯』 天草史談会 鶴田文史編 西海文化史研究所 2004年3月1日発行
『天草島鏡』 六、天草寺社領之覚  上田宜珍 
『本渡市史』 本渡市発行
『天草近代年譜』 松田唯雄
  など。